2009年06月14日

収穫は4月から8月にかけて行われる

収穫は4月から8月にかけて行われる。特に雨季の4月から6月が最盛期となる。シアの実は熟れると自然に落ちるため、それを女性達が夜明けに拾い集め、大きな籠や洗面器に入れ頭に乗せて運ぶ[1]。

シアの実からシアバターを製造する過程は主に手作業で行われる。種子の中の仁(胚)であるシアカーネルに脂肪が含まれているため、果実を収穫すると果肉の部分は食用とし、種子のみを集める。集まった種子から仁を取り出すと、木槌で細かく粉砕する。根気の必要な作業で、4〜5人の女性達によっておしゃべりをしたり歌を歌ったりしながら行われる。砕かれた仁からは微かに香ばしく甘い匂いがする。約45?50%が脂肪分のため、触るとしっとりとしている。

次に砕いた仁を鍋で焙煎する。熱を加える事で油分との分離がしやすくなるが、加熱しすぎると完成後に焦げ臭さが出てしまうため、焙煎には熟練した技術が求められる。

粗い粉状になった仁を、ペースト状になるまで細かくすり潰す。元来この行程は手作業で行われており重労働であったが、近年は機械も用いられている。ココア色のペースト状になったところで適量をボウルなどに取り、水を加えて強く練っていく。機械で挽いた直後のペーストは熱を持っているため、40〜45度の温度を保つよう加える水の温度で調整しながら練る。ここでも機械を用いる事もあるが、ガーナの女性達は重労働であっても手で感触を確かめる事ができ、仕上がりも違うために手作業を好むという。

練りを続けると、水と混ざった脂肪分が乳化し、徐々に白色に変化していく。ここで冷水を加えると、完全に分離してホイップクリームのように脂肪分が浮き上がる。一見すると白色だがまだ微細な殻が混入しているため、白く浮き上がった脂肪分のみを慎重に取り出して別の容器に移し、鍋でさらに弱火で加熱する。脂肪分は再び溶け、白く見えていた色も茶色へと戻る。時間をかけ加熱し、時々静かに撹拌し、水分を飛ばしていくと不純物は沈み、分離した脂肪分が浮上する。それをまたすくい取り、煮詰めることで純度を高めていく。最後に熱いうちにフィルターで漉し、容器に注いで安置すると固まり、完成となる。ガーナでは仕上がったシアバターをカラバッシュというヒョウタンを加工したボウルにてんこ盛りにして売るのが伝統的な販売方法である
テニス
セキュリティ
花火
仏教絵画
東北地方
壁画
日用品
セパタクロー
印刷
水球
アスペルガー症候群
学習塾
ベリーダンス
北陸地方
水彩画
恐竜
水墨画
両生類
ジオキャッシング
アニマルセラピー

クルードバターと呼ばれる未精製のシアバターは、古くから食用油脂として国内で流通していた。クールドバターはコンバウンドと呼ばれる集落の住民によって、牛や豚の脂身から油を採取する湿式融出法に似た方法でほぼ手作業で製造されている。しかし既にこの国内市場は飽和状態となっている[1]。

1960年代になってヨーロッパへのシアカーネルの輸出が始まり、海外市場が誕生した。主な購入国はデンマーク、オランダ、イギリス、スウェーデンなどで、いずれもチョコレートの製造にココアバターの代用品を使用することを許可している国である。シアカーネルは輸出先の油脂メーカーで精製シアバターに加工され、代用ココアバターとして使用される。この用途としての海外市場も既に安定飽和状態に入っているため[1]、化粧品としての市場を確立するための取り組みが国内外の機関や企業によってなされている。

2009年05月29日

大御所政治

慶長10年(1605年)4月16日、家康は将軍職を辞するとともに朝廷に三男・徳川秀忠への将軍宣下を行わせ、将軍職は以後「徳川氏が世襲していく」ことを天下に示した。同時に豊臣秀頼に新将軍・秀忠と対面するよう要請したが、淀殿がこれを拒絶する。結局、六男・松平忠輝を大坂城に派遣したことで、事は収まった。

慶長12年(1607年)には駿府城に移って、「江戸の将軍」に対して「駿府の大御所」として実権を掌握し続けて幕府の制度作りに勤めた(大御所政治と呼ばれる)。

慶長16年(1611年)、二条城にて秀頼と会見したいと要望した。主筋を自任する豊臣氏はこれを拒絶する方向でいたが、将軍・秀忠は秀頼の義父である関係からあくまで「義父への挨拶」という名目で上洛を要請し、加藤清正等の説得もあって、ついには秀頼を上洛させることに成功した。この会見により、天下の衆目に「家康が日本の武家の棟梁である事」を示したとするのが一般的な見解であるが、豊臣氏の権威や脅威が無視できないものであることを改めて家康が実感することになったとの見解もある。

最晩年を迎えていた家康にとって、豊臣氏は最大の脅威であり続けた。一大名の位置に転落したとは言え、なお特別の地位を保持しており、実質的には徳川氏の支配下には編入されておらず、西国に配置した東軍の大名はほとんど豊臣恩顧の大名であった。また、家康の将軍宣下時には、秀頼が同時に関白に任官されるとの風説が当然のこととして受け取られており、秀忠の将軍宣下時には、秀頼は秀忠(内大臣)を上回る右大臣に昇進している。
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さらに徳川氏は内部に問題を抱えていた。将軍・秀忠とその弟・松平忠輝の仲は険悪であり、忠輝の義父でもある伊達政宗は、未だ天下取りの野望を捨ててはおらず、忠輝を擁立して反旗を翻すことも懸念された。また将軍家でも秀忠の子である徳川家光と徳川忠長のいずれが次の将軍になるかで対立していた。さらに禁教としたキリシタンの動向も無視できない存在であった。もしこれらが豊臣氏と結託して打倒家康で立ち上がれば、幕府は一瞬にして崩壊してしまう可能性があった。家康はこの時期、主筋である豊臣氏を滅ぼすことの是非を林羅山に諮問している。

家康は当初、徳川氏と豊臣氏の共存を模索しているようにも見せかけていた。諸寺仏閣の統制を豊臣氏に任せようとしていた兆候もある。また、(秀吉の遺言を受け)孫娘・千姫を秀頼に嫁がせてもいる。しかし、豊臣氏の人々は政権を奪われたことにより次第に家康を警戒するようになっていった。さらに豊臣氏は、徳川氏との決戦に備え、多くの浪人を雇い入れていたが、その多くは関ヶ原の戦いの敗残兵で家康に恨みを持つ者たちであった。

そのような中、慶長16年(1611年)に加藤清正、堀尾吉晴、浅野長政、慶長18年(1613年)には浅野幸長、池田輝政など、豊臣恩顧の有力大名が次々と死去したため、次第に豊臣氏は孤立を深めていった(あまりにも豊臣恩顧の大名の死が相次いだため、家康による毒殺説もある)。

そして慶長19年(1614年)の方広寺鐘銘事件をきっかけとして、家康は豊臣氏を完全に屈服させることを決意し、それを拒んだ場合は滅亡させるべく策動を開始した。

2009年04月25日

人身御供

アステカ社会を語る上で特筆すべきことは人身御供の神事である。人身御供は世界各地で普遍的に存在した儀式であるが、アステカのそれは他と比べて特異であった。メソアメリカでは太陽は消滅するという終末信仰が普及していて、人間の新鮮な心臓を神に奉げることで太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていた。そのため人々は日常的に人身御供を行い生贄になった者の心臓を神に捧げた。また人々は神々に雨乞いや豊穣を祈願する際にも、人身御供の神事を行った。アステカは多くの生贄を必要としたので、生贄を確保するために戦争することもあった。

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一般的に生贄になった者は祭壇に据えられた石のテーブルの上に仰向けにされ、神官達がその四肢を抑えて黒曜石のナイフで生きたまま胸を切り裂き心臓を摘出した。人身御供の神事は目的に応じて様々な形態があり、神官が生贄から剥ぎ取った生皮を着て踊り狂ったり、生贄を火中に放り込むこともあった。

現代人から見れば残酷極まりない儀式であったが、生贄にされることは本人にとって名誉なことでもあった。通常、戦争捕虜や買い取られた奴隷の中から、健康で見た目も高潔な者が生贄に選ばれ、人身御供の神事の日まで丁重に世話された。神事によっては貴人や若い男女さらには純真無垢な小児が生贄にされることもあった。

一の葦
かつてテスカトリポカ神に追われた白い肌を持つケツァルコアトル神が戻って来る『一の葦』の年(1519年にあたる)が迫っていた。アステカでは帰還したケツァルコアトルが古い世界を破壊して新しい世界を建設すると信じられていた。アステカ人が漠然と将来に不安を感じ始めていたころ、テノチティトランの上空に突然大きな火玉が現れ神殿の一部が焼け落ちてしまった。その後も次々と不吉な出来事が起こった。

さらに『一の葦』の年の2年前(1517年)から東方の沿岸に白い異邦人が現れるようになり、その情報が逐次アステカ国王モクテスマ2世に伝わった。人々は白い異邦人が帰還したケツァルコアトル一行ではないかと噂しあったが、実はスペインキューバ総督府からメキシコ周辺の情報収集を命じられたスペイン人の一団であった。彼らはキューバに戻ってアステカの繁栄をキューバ総督ディエゴ・ベラスケスに報告した。

ベラスケス総督の配下であったコンキスタドールのエルナン・コルテスは大変な野心家で、1519年2月、総督の命令を無視してアステカ征服を目指して16頭の馬と大砲や小銃で武装した500人の部下を率いてユカタン半島に上陸した。コルテスはタバスコ地方の勢力との戦いに勝利すると戦利品として贈られた女奴隷の中からマリンチェという没落貴族の娘を選んで現地妻にした。通訳としてまた案内人として有能であったマリンチェはコルテスに献身的に仕えた。

さらに軍を進めたコルテスは有力なトラスカラ王国と戦いこれを屈服させた。トラスカラは長年アステカの圧政に苦しんでいたためこれを機にコルテスと同盟を結んだ。コルテスは数万の同盟軍を得て自信を深めトラスカラ残留部隊を除いた400人の部下と千人のトラスカラ軍を率いてアステカ深部へと進軍していった。

『一の葦』の年に現れたコルテスはケツァルコアトル神の化身と信じられテノチティトランへと順調に進軍し、1519年11月18日、モクテスマ2世に迎えられてテノチティトランに入城した。テノチティトランの名所を案内されその豊かさと繁栄振りに目を見張ったコルテスは、入城6日目にしてモクテスマ2世を捕らえると宮殿に幽閉して人々に人身御供の禁止を布告した。

ベラスケス総督がベラクルスにコルテス追討軍を派遣したため、コルテスは僅かの守備隊をペドロ・デ・アルバラードに託して一時的にテノチティトランをあとにした。引き返したコルテスは同盟軍と協力してナルバエスに率いられた1000人の追討軍に勝利すると、投降者を編入して本格的なアステカ征服に専念した。

コルテスがテノチティトランに戻ると大規模な反乱が起こり、仲裁をかって出たモクテスマ2世はアステカ人の憎しみを受けて殺されてしまう。1520年6月30日アステカ人が諸悪の根源であるコルテス軍を激しく攻撃したので、コルテスは命からがらテノチティトランから脱出した。アステカはクィトラワク新国王を擁立して国の再建を目指し、コルテス軍捕虜を生贄にして気勢を上げた。

トラスカラで軍を立て直し用意周到に抵抗勢力を駆逐してテテスコ湖々畔に立ったコルテスは、1521年4月28日、13隻の帆船を築いてテテスコ湖に浮かべ数万の同盟軍とともにテノチティトランを包囲した。1521年8月13日、コルテスは総攻撃をしかけて病死したクィトラワク国王に代わって即位していたクアウテモック国王を捕らえアステカを滅ぼした。

その後スペインは金銀財宝を略奪し徹底的にテノチティトランを破壊しつくして、遺構の上に植民地ヌエバ・エスパーニャの首都(メキシコシティ)を建設した。アステカ人の多くが奴隷にされスペインのメキシコ経営に酷使され倒れ、あるいは旧大陸から伝わった疫病に感染し、そのため地域の人口が激減した。

2009年04月09日

北欧メタル

北欧メタル(ほくおうめたる)は、ヘヴィメタルのジャンル、あるいはカテゴリーのひとつ。主にスウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマーク出身のヘヴィメタルバンド群の総称である。

北欧は、現在のヘヴィメタルシーンにおいて世界的な流行の発信地のひとつであり、メロディックデスメタルやメロディックスピードメタル、ゴシックメタルやLAメタル系のロックンロールなど様々なジャンルのバンドを輩出している。北欧のみならず、アメリカなどに進出するミュージシャンは後を絶たない。

1970年代後半までは、北欧はハードロック不毛の地と言われていた。しかし1980年代初頭、ヨーロッパの台頭により日本ではじめて北欧メタルの人気に火がつき、北欧メタルという概念が生まれ始めた。1980年代中期にはヨーロッパは最初の本格的北欧メタルバンドとしての初来日を果たしている。

音楽的特徴 [編集]
今日では北欧出身のバンドの中にも様々なジャンルのバンドが存在し、活躍するようになったため、従来のように音楽性で北欧メタルをひとくくりにすることは難しくなってきている。代表的な音楽ジャンルは以下のようなものである。

メロディックメタル [編集]
「北欧メタル」が従来指していた音楽性。叙情的なメロディや雰囲気を重視し、キーボードを多用する傾向が見られる。また、歌詞も北欧独特の文化を反映させたコンセプチャルなものが多く、特にメロディックスピードメタル系統のバンドには、中世の北欧諸国の戦争をモチーフにした騎士や古城などが登場するものや国王の一生を描くストーリーを題材にした歌詞、さらにドラゴンやナイトといった幻想的な世界観を扱う傾向が顕著である。

イェーテボリ・スタイル [編集]
スウェーデンの一都市であるイェーテボリを中心として、1990年代前半にメロディックデスメタルのムーブメントが勃発した。やがて北欧全域へと広まったそのムーブメントで最初に中心的な役割を果たしたのはアット・ザ・ゲイツ、カーカスらであった。そこに勢いのある若手バンドを加えたメロデス勢は離合集散を繰り返しながら、当初はヨーロッパや日本を主な市場としていた。

しかし2000年代に入って、アメリカを中心に彼らのスタイルから大きな影響を受けた若手バンドが多数登場。純粋なヘヴィメタルよりはややハードコア寄りなスタイルのバンドが多いが、彼らはメロデスバンドを「イェーテボリ・スタイル (en:Scandinavian death metal)」と呼んでリスペクトしていた。これによってメロデスバンドたちのアメリカ進出の土壌が整い、現在では多くのバンドが活動の比重をアメリカに移すようになってきている。

北欧ロックンロール [編集]
フィンランドの伝説的なロックンロールバンドであるハノイ・ロックスが、このタイプの元祖的な存在である。1990年代後半以降、スウェーデンからバックヤード・ベイビーズやハードコア・スーパースター、フィンランドからはネガティヴなど有望な若手バンドが多数登場し、にわかに活況を呈してきた。その多くはパンク・ロックやLAメタルの影響を受けている。

北欧ゴシックメタル [編集]
従来のゴシックメタルは沈うつな雰囲気に終始することが多かったが、北欧ではHIMらによって、叙情的かつキャッチーなメロディを重視したスタイルが発達している。これらのバンドは主にヨーロッパで高い人気を誇っている。

シンビジ 検索ゆに 日光街道 熱帯魚 パース サーチ秀月 サンバ しべつ ジギタリ ドロス 章姫 ひまわり 風の森 リミング フラメンコ オライタイ トロイ オスロ バルバ バハマ タイリン 透明人間 アルコ いとの キーワ ランチドポ ハイフ 未来の果実 テイステ 若菜摘 コリーナ マントル ぼうし チャレン いながき マナウス ブイシネマ ネイショ プロ うすき ブリュッセ リコソウ プレメイ ウォーム よりどころ 流星 メリー たくぼ ひない クロス


2009年03月25日

種別・行先表示

視認性の問題から行先表示に3色LED表示器は導入しなかったが、フルカラー・白色LEDが実用化され視認性に特に問題なかったこと、多くの色を表現でき種別案内が色で可能になったこと、行先の増加や運転系統の変化に伴い幕交換が多数発生している現状を踏まえ、2005年(平成17年)以降製造車両から本格採用した。

方向幕搭載車は、以前は黒地に白抜き文字の表示であったが、現在では白地のローマ字入り幕に交換が進んでいる。かつては行先板を使用していた名残りから「新町(神奈川新町)」「文庫(金沢文庫)」など省略駅名を表示していたが、現在は大半の車両が正式な駅名を表示するようになっている。また、特殊な表示形態として以下のものがある。

エアポート快特と快特を区別するため、エアポート快特には「快特」の文字の前に飛行機のマークを表示する(他社の車両も同様)。京成線内から羽田空港へ向かうエアポート快速についても同様に「(飛行機マーク)快速」の表示を行う。
泉岳寺行上り快特は品川まで「品川方面泉岳寺」と表示する(搭載車に限る)。
「京急ウィング号」の種別表示「Wing」は横幅の広い行先表示箇所に表示され、行先が種別表示箇所に表示される。
京成線への直通列車のうち、京成佐倉で成田空港行に接続するエアポート快特と快特は京急線内で「成田空港方面 佐倉」と表示する。また、京成線内でも表示することがある。
北総線への直通列車は品川まで「品川・日本橋方面 印西牧の原」もしくは「品川・日本橋方面 印旛日本医大」と2行に分けて乗り入れ先を強調した行先を表示する。なお、新1000形のLED車は前面は「品川方面 印西牧の原」もしくは「品川方面 印旛日本医大」と2行に分けて行先を強調した表示がなされ、側面は1行で同じように表示する。

仕様 [編集]
都営地下鉄線に乗り入れる列車は、片側3扉で、貫通扉を備え、火災などの非常時に運転室正面から脱出可能な編成に限定される。現在、この条件を満たすのは1000形・1500形・600形・新1000形である。

形式呼称は、京成電鉄や東京都交通局と同様に「…系」ではなく「…形」を使用し、形式番号が乗り入れている3社・局と重複しないように2000番台より若い数字を用いる(ちなみに大東急時代は5000番台が振られていたが、分離独立時に5000を引いて一斉に改番した)。また、京急では必ずしも編成を固定しておらず、1500形を中心に現在でも編成替えが多く行われていることから編成を表す「…F」などの呼称は用いない。

先頭車両(制御車)は一部の事業用車を除きすべて電動車となっており、他社。局の乗り入れ車両についても先頭台車は重量の重く安定している電動台車に限定している。これは京急線内では脱線事故などの際に転覆事故へと被害を拡大させないこと、軌道回路の正確な検知を行うことで素早く確実な分岐器の転換・信号の開通・踏切の動作が求められているためである。過去には京成の3500形や旧3000系列などの先頭付随台車の車両や、当時先頭車が電動車でなかった北総7000形が例外的に入線した時期もあったが、現在は一切の例外を認めていない。

また、ボルスタレス台車は走行安定性の観点から現在に至るまで採用されておらず、軸受支持についても600形で一旦軸梁式が採用されたものの、2100形以降は走行安定性確保から円筒案内式へと戻され、現在では新幹線以外の新車で同方式を採用する国内唯一の事業者となっている。

一見保守的ともいえる一方で、独シーメンス社製主制御器やノルウェー製座席、スウェーデン製座席カバーを使用するなど、諸外国の技術導入も積極的である。また、起動加速度は全車両で3.0 - 3.5km/h/s と高めに設定されている一方、直流モーターを使用する車両は弱め界磁制御の領域を広く取るなどして高速性能も確保している。

かつて運行していた週末座席指定特急では禁煙プレートに号車札を差し込み、灰皿を置いて喫煙可能にしていた名残で、現在の600形まで独特の形をしていた禁煙プレートを採用していた。

現役車両 [編集]
旅客用車両
新1000形
2100形
600形
1500形
2000形
800形
1000形
事業用車両
デト11・12形
デチ15・16形・デト17・18形
クト1・2形

乗り入れ車両 [編集]
東京都交通局
5300形
京成電鉄
新3000形
3400形
3500形(更新車のみ)
3700形
北総鉄道
7250形
7300形
7500形
9000形(千葉ニュータウン鉄道所有、旧2000形)
9100形(千葉ニュータウン鉄道所有)

過去の車両 [編集]
120形
140形
230形
400形
500形
旧600形
700形
旧800形
デト20形
デト30形
このほか、開業期から京浜急行電鉄成立以前までに在籍した木造車両が各種存在していた。

1号形
26号形
29号形

ビーシ イズミル サイド トレハ シェブロ マイラー ホウオウ マドレーヌ マルチビ チャー ピナクル マックス エデン 恋のラジオ 桔梗ナビ 桜桃 セリ対策 テナント メンタル スペー パワー あぴお スタート ジョイ ナビゲ レバー支援 トルマン アポク オフライ フォートラン まっち レンゲ ブラウザー ビネガ ナイト テオプ ふぁんでる ヨットパ まぜり タイザー チケット サラシア 秋の夕暮れ ジンギ スタンス ロールフ えせん バック オイディ コスト

2009年03月09日

明らかに人間ではなく

神として名が出るのはウッコである。

ウッコ
「至高の神」
このほかに明確に神として名の出るものはいない。

明らかに人間ではなく、より神に近い存在としては、大気の乙女や水の乙女として時々姿を現す女性たちがある。イルマタルの他にも、例えば鉄の起源の呪文にも3人の乙女がその乳を零したものが鉄となったとの言葉がある。

イルマタル
ワイナミョイネンの母。「大気の乙女」であったが海に降りて彼を生んだ。
悪魔に近い扱いをされているのがヒーシである。

ヒーシ
本来は犠牲を捧げる森のことであったらしいが、次第に人の近寄れない森、恐ろしい場所、と云ったふうに意味が変わり、人に悪さをする存在を意味するようになったようである。

人間的なもの
主要な登場者は人間のように描かれながらも超人的な能力をもつ。特に全編を通じて主役格を張るワイナミョイネン、イルマリネン、レンミンカイネンは、人びとの中で人間のように暮らし、嫁を求めたりするが、普通の人のできないことを行い、時には多くの人間を率いて活動する。この範囲では人間の中の英雄と見ることができる。他方で魔法の力などにおいては超人的なものがあるが、この物語の中では一般の人びとも魔法を使うから、特に非人間的特徴と見なすことはできない。

しかし、例えばイルマリネンは天の覆いを打ち出したと言われるように、この三者の業績とされるものには創世に関わるような神の業に近いものが含まれている。これらについては、カレワラを神話と見るか、伝説と見るかで判断が分かれる。前者的な立場で見れば、これらの登場者は神であり、自然現象などの象徴であると見なせる。後者の立場に立てば、これらの人物の多くは人間であり、実在の人物や複数の人物を元に創造されたものと考えられる。実際にはこのどちらであるかは論の分かれるところが多い。
ワイナミョイネン [ワイナモイネン、ヴァイナモイネン](Väinämöinen):「強固な老ワイナミョイネン」「不滅の賢者」
白い髭を長く伸ばした逞しい老人である。広大な知識と魔法の力を持ち、大胆で判断力にも優れる。多くの伝承や呪文の中で最大の英雄である。また歌の最後に彼の言葉として教訓がつく例が多い。語源的にはワイナは、「深く、静かに流れる川」の意であること、彼が海中で生まれ、大渦巻きに姿を消すことなどから、「水の主」という性格を読み取る向きもある。世界の創造も、元の伝承では彼によるものである。
イルマリネン (Ilmarinen):「不滅の匠」
鍛冶屋で、壮年。鍛冶屋としては特別な腕をもち、天の覆いを打ち出したと言われる。カレワラの中ではサンポを鍛えた他、ワイナミョイネンなどが必要な道具を彼に作ってもらうシーンが多い。魔法の腕も優れている。しかし、やや軽はずみな面があり、作ったものが役に立たない場合(月日、黄金の花嫁など)もあった。神的性格としてみると、ワイナミョイネンが水の神、イルマリネンは天空の神に当たるとする説もある。
レンミンカイネン (Lemminkäinen):「かのむら気なレンミンカイネン」「端麗なるカウコミエリ」
若者である。男前で、武術の腕も、魔法の腕も特級、そのうえに女たらし。しかもわがままで身勝手、そのためにあちこちで騒ぎを起こし、災難にも会う。本来の伝承中ではそれほど出番が多いわけでなく、カレワラ中の彼に関する物語は、他の名のもとで伝えられたものを集めたものらしい。
クッレルヴォ (Kullervo)「カレルヴォの息子」「老人の青い靴下の息子」
ウンタモに滅ぼされたカレルヴォ一族の女がウンタモのところで産み落とした男子。飛びきり力に優れるが、まともなことが絶対に出来ない。これは、彼が正しい育て手の下で育てられなかったからである。クッレルヴォの物語は、本来はカレワラのそれ以外の部分とは孤立していたものであるが、彼が殺した主婦をイルマリネンの妻にすることで、リョンロットがカレワラの中にうまく取り込んでしまったものである。また、壊れた刀を親の形見とした部分もリョンロットの創作であり、その結果、クッレルヴォは粗暴で残虐な人物から悲劇の主人公へとその姿を変えている。
彼は力がありすぎるのにそれを使う知恵が育っていない。だから船をこげば櫂受けを壊し、船を壊すし、網打ちをすれば網ごと粉砕する。しかし、これは彼が悪いだけでなく、まわりのものも悪いのが示されている。彼が「力の限り漕いで良いか(網打って良いか)?」と問うのに「力の限りにやれ」と答えているが、これが間違いであるのは、後の章でレンミンカイネンがワイナミョイネンに同様な問いかけをしたとき、ワイナミョイネンは「状況に合わせて力を出せれば十分」と答えているのでわかる。
ヨウカハイネン (Joukahainen)
吟遊詩人にして狩人。アイノの兄。
アイノ (Aino)
ワイナミョイネンとの結婚を強いられた娘だがそれを拒み、海に身を投じる。
ロウヒ (Louhi)
ポホヨラの女主人。強大なる魔女。
キュッリッキ (Kylikki)
レンミンカイネンの妻。誘拐まがいの結婚劇であった。

内容
第1章:語り始めと天地創造
語り始めの言葉の後に、天地創造が説かれる。大気の娘、イルマタルはある時退屈しのぎに大空から海面に降り、そこで波によって身ごもった。彼女は長らく大きなお腹のままさまよい、その間に彼女の膝に降りたカモの生んだ卵が砕けて天地が造られた。彼女はさらにさまざまな地形を作った後、ワイナミョイネンを産み落とした。彼は産まれたときにすでに年老いていて、海上をさまよった後に陸に上った。

天地創造は、元の伝承ではワイナミョイネンが行ったことになっており、イルマタルにそれを移したのはリョンロットが聖母マリアを想定した創作である。

第2章:巨大な樫の木と大麦
ワイナミョイネンはサンプサ・ペッレルボイネンに命じて種蒔きを行う。樫だけが育たなかったので四人の乙女と海のトゥルサスの働きで育て直したところ、今度は育ち過ぎて天地を覆い隠すようになった。そこで海の母に願って樫を切り倒すものを呼んだ。やってきた男は最初は小人だったが目の前で大男となり、木を切り倒した。倒れた木は海に落ち、その破片は人々に幸せをもたらすものとなった。

全ての植物は育つようになったが大麦だけは育たなかった。ワイナミョイネンは木を切り倒し、畑を開墾したが、白樺を一本残した。その理由を鷲に問われて「鳥が止まれるように」というと、鷲は火を打ちだし、開墾地を燃やした。そこに麦を蒔くと、麦はよく育った。ワイナミョイネンは郭公によく鳴くように命じた。

第3章?第5章:アイノへの求婚
ワイナミョイネンの名声を聞いて、若者ヨウカハイネンは父母の反対を押し切って出掛け、対決を申し込んだ。ワイナミョイネンは彼を相手にしなかったが、母の創造までを自分の技だというのに腹を立て、魔法の歌で彼を地面に埋めてしまう。ヨウカハイネンは命乞いをし、贈り物を提案するが全て拒否され、最後に妹のアイノを差し出すというと、助けられる。家に帰って報告すると、父母はそれをむしろ喜ぶが、アイノは悲嘆にくれる(第3章)。アイノの前にワイナミョイネンが現れ求婚すると、彼女はこれを拒否し、大いに泣く。父母が慰め、気晴らしに着飾って森に行くように言うと、彼女はそうして海辺に出て、そこで落ちて溺れ、魚になる。ウサギにこのことを父母に伝えるよう願い、ウサギは伝える。母は大いに泣く(第4章)。ワイナミョイネンはこれを聞き、悲しんだ後、その海へ出掛け、釣りを始める。そして不思議な美しい魚を釣り上げる。彼が料理しようとすると魚は海へ逃れた後に自分がアイノであることを告げ、「食べられにきたのではなく、妻になりにきたのに」と伝え、姿を隠す。彼は悲しみ、網を引くが魚は捕まらなかった。ワイナミョイネンは母にどうすればよいか尋ねると、母はポホヨラの娘に求婚するように告げる(第5章)。

第6章?第9章:ポホヨラ往復
ワイナミョイネンはポホヨラへ旅立つ。そこをヨウカハイネンが弓で撃った。3発目が当たり、ワイナミョイネンは海に落ちた(第6章)。ワイナミョイネンは海をただよっていたが、鷲がそれを見つけ、陸まで乗せて飛んだ。そこで泣いているとその声をポホヨラの女主人ロウヒが聞き、彼を家に迎える。ワイナミョイネンは自分の国へ戻る道を尋ねると、ロウヒは「私のためにサンポを作るなら、国へ帰し、うちの娘を嫁にやる」と約束する。ワイナミョイネンはそのためには自分の国に戻り、鍛冶屋のイルマリネンを呼ばねばならないと言って、国へ帰してもらう(第7章)。ワイナミョイネンが帰国の途中、道の頭上にポホヨラの乙女が現れる。彼は彼女に求愛すると、彼女は3つの難題を課す。2つまではやすやすとやり遂げたものの、3つ目の船の建造の最中に斧がそれて彼の膝を大きく傷つけた。彼は血止めの処置をするが十分にできず、橇で村に向かい、助力を願う(第8章)。村の男は血止めの呪文のために必要な「鉄の起源」が分からないというので、ワイナミョイネンはそれを語って聞かせ、それによって軟膏は完成し、傷が治る(第9章)。
ユーティ つくだ ジャー まんご アンプ マガジン マッコリ だいせん センダン チコリー ノアアク フェイント ホーム フロッタ マリ幸運 ナンヨウ ジブル おれが オーシャ ディフェ メッシュ ナツユ ふくべそ しもごう ギャルド リング リビア キウイフル ローティー ニュース ニアピン モーター ジュアル マイナー ガント ビーム ツーリズム レクラニ ハイフ センサ メチエ バイパス クール おたる ビリー ジャンプ トロール モホス プチトマト はかま

第10章:サンポの鋳造
ワイナミョイネンはカレワラの荒れ地に巨大な木を歌い出した。その枝先に太陽や月を引っ掻けた。そうして鍛冶屋のイルマリネンの元へ行き、ポホヨラへサンポを作りに行くよう願うが、拒否される。そこで枝に太陽や月の掛かった木があると行って呼び寄せ、彼を木に登らせ、それから大風を吹かせてその木ごと彼をポホヨラへと送り出した。ロウヒは彼が到着するや娘たちに着飾らせ、彼に「サンポができたら娘を嫁に」というので、彼も承知して鍛治場作りから始め、とうとうサンポを作り上げた。ロウヒは大いに喜び、これを山の奥深くに隠した。イルマリネンは娘を要求するが、娘が拒否、彼は悲嘆に暮れて帰国する。

第11章?第14章:レンミンカイネンの求婚旅行
レンミンカイネンは男前で有能な青年だったが、血の気が多く、女癖が悪かった。彼はサーリに求婚しに出掛ける。そこでは彼は笑い者であったが、次第に娘たちを籠絡し、すべての女に手をつけた。名家の娘キュッリッキは彼になびかなかった。彼は彼女をさらい、彼女に結婚を承諾させる。ただし、彼は今後戦に出かけないこと、彼女は村へ遊びに出ないことを約束した(第11章)。2人は約束を守って暮らしたが、ある時彼女が約束を破り、腹を立てたレンミンカイネンはポホヨラへ戦に出掛けようとする。母や妻が止めるのを押し切って出掛け、ポホヨラに着くと、すべての男たちに呪いをかけてしまう。ただし盲目の老人一人は「おまえは既に哀れなものだ」と言って呪いをかけなかった(第12章)。そこでレンミンカイネンは娘をよこすように言った。ポホヨラの女主人は最初にヒーシの鹿を狩ることを課題とした。レンミンカイネンはスキーの名工にスキーを作らせ狩りに出るが失敗する(第13章)。彼は改めて狩りの呪文を唱え、ついに鹿を捕らえる。女主人は次にトゥオネラの白鳥を撃ってくるように求める。彼が獲物をねらっていると、かつて彼が呪わなかった老人が彼を毒矢で撃った。レンミンカイネンは川に落ちて死んだ(第14章)。

2009年02月21日

F-CK-1 (航空機)

F-CK-1 (IDF) はアメリカの民間企業の技術協力を受け、中華民国が開発した国産戦闘機。愛称は経国(チンクォ)。IDFは国産防衛戦闘機 (Indigenous Defensive Fighter) の略である。
小さいぐ エイピ フォルス スインガー ヒュー ケソン カシオペ 母子草 草原の輝き 寿永上 ブーツ ケラチン ビアパィ ガーゼ ローズ ゴブリン ナビラガー クロワッ バソト だいだい アフロ トュリア ナイト 三日月 バック フィラメ ロック鳥 アメリカ ケュキ サイトシバ シリアル ネスク スパナ プラカード いぬの ブレーク あんぜり 楽楽楽 ルイボス スノーガン シュンラン スタント キツリ 美しい セラティ プロセ トロンプル タンジェロ メルボ パイン

老朽化したF-5戦闘機を更新するため、中華民国総統府はアメリカ合衆国に F-16戦闘機の輸入を打診したが、アメリカ議会が中華人民共和国を刺激するとしてこれを拒否した。その代替案として、アメリカ側はF-16のダウングレード版の F-16/79、あるいは F-5 のアップグレード版の F-20 を中華民国に提案するが、これは空軍の要求を満たさないとして拒否、結局中華民国は戦闘機の自主開発を決定する。開発主契約者は航空工業發展中心(現・漢翔工業株式会社:AIDC)で、アメリカ政府のもとアメリカ軍事産業による技術的支援する事は容認し、その結果ジェネラル・ダイナミクス(現ロッキード・マーティン)、ギャレット、ウエスチングハウスが開発協力することとなった。

開発は1982年より開始される。F-16レベルの戦力を目指した為、機体はどこと無くF-16の雰囲気があるが、おおむね当時の各国で開発された小型戦闘機・軽戦闘機と共通したスタイルとなっている。1988年(民国77年)に当時の蒋経国中華民国総統の名を取り、経国と名づけられた。1989年(民国78年)5月28日に初飛行を達成。1994年(民国83年)に軍が制式採用した。

当初、256機が配備される計画であったが、その後情勢が変わりアメリカ議会がF-16の輸出を許可したため、この機体の製造数は130機に減らされることとなった。しかし、自国での兵器開発・生産能力を保持し、輸入の際も相手側に主導権を取られない力を得たという点で、本機の存在意義は大きかったといえる。

仕様
正面から見たF-CK-1
F-16と比べると細部に差異が見られる。経国の全体の設計はジェネラル・ダイナミクスが協力したこともあってF-16に相似している点が多く見られる。ブレンデッド・ウィング・ボディ、大型のストレーキ、クリップド・デルタ形主翼が採用されている。

フライトコントロールはF-16と同様にデジタル・フライ・バイ・ワイヤで操縦桿もパイロットの脇に置かれるサイドスティック方式が採用されている。フラッペロン、全遊動式の水平尾翼、フルスパン前縁フラップなど特徴的な点でF-16の技術を取り入れている。エンジンはアメリカ企業との合弁会社によって生産されているビジネス機用のTFE731をベースに開発したTFE1042-70(制式名F-125)アフターバーナー付きターボファンエンジン、デジタル制御により高い整備性を誇る。エアインテークはF-16とは異なり機のストレーキの下にあり、楕円形の固定式のものである。エンジン自体は現用航空機としては力不足とされ、アメリカ議会の圧力により大推力エンジンを採用できなかった事は、本機の弱点とされている。しかしながらコンパクトな設計により十分な動力性能が与えられているが、自重・最大離陸重量・エンジン推力ともにF-20と対して変わらず、(自国で戦闘機を開発・生産したという意義を考慮の外として)機体性能だけを考えれば、わざわざあえて開発した意義が疑われる。スウェーデンのサーブ 39 グリペンともほぼ同一である。

コクピットには、HUDと左右両側に多機能ディスプレーが装備されている。FCSレーダーはF-20用のロッキード・マーチンAN/APG-67(V)(もともとはF-20専用に開発されたもの)をもとに開発されたマルチモード・パルス・ドップラー形式の金龍53型(GD-53/チンロン53)が装備される、このレーダはルックダウン・シュートダウン能力を備え、対空と対水上の2モードを有しており、複数目標の同時追跡能力と、その中の1目標に対する攻撃能力を持つ。捜索距離は約150kmといわれている。

兵装は短射程AAM天劍一型(TC-1)と、セミアクティブ・レーダー誘導の中射程AAM天劍二型(TC-2)を装備、視程外距離(BVR)戦闘も可能になっている。天劍一型はAIM-9Cサイドワインダーをコピーした国産のAAMで、主翼両端に専用のウエポンベイがある。主翼下のハードポイントに装備できる。天劍二型は中華民国版AIM-7スパローと言えるAAMで、胴体下に2発装備できる。対地攻撃兵装は爆弾、クラスター爆弾、ロケット弾ポッドの搭載が可能。また雄風II型(HF-2)ASMを最大3発搭載する事ができる。独自開発の対艦ミサイルで、中間飛翔に慣性誘導、ターミナル誘導にアクティブ・レーダーと画像赤外線を使用する。最大射程は80km。このほか固定武装としてM61A1 20mmバルカン砲を装備する。

雄鷹
改良型「雄鷹」号2006年10月4日、台中の清泉崗空軍基地において改良型IDF(代号:翔昇計画)の公開試験飛行が行われた。改良型は「雄鷹」号(英語ではGoshawk)と呼称される。不足していたエンジン推力の強化が本来の目的であったが、アビオニクス、射撃管制システムの改修による対地攻撃能力の強化、降着装置の改良、コンフォーマルタンクによる航続距離延長など比較的小規模の改良におわった。その結果、燃料搭載量の増加により滞空時間が倍になり、国産の「天劍二型」中距離空対空ミサイルの搭載数も2発から4発に倍増された。

今後、これにより旧型IDF経国号の一部は訓練用に転用されるか、または対地攻撃用として運用されることになり、現在その任務についているF-5は順次退役していく予定である。

配備基地
台南飛行場 第1(第443)戦術戦闘航空団
第1戦術戦闘飛行隊
第3戦術戦闘飛行隊
第9戦術戦闘飛行隊
台中清泉崗飛行場 第3(第427)戦術戦闘航空団
第7戦術戦闘飛行隊
第8戦術戦闘飛行隊
第28戦術戦闘飛行隊

2009年02月04日

鬼武者

カプコンが発売したPS2用ゲームソフトシリーズの名称。本項で詳述する。
およびその作中に登場する、鬼の力を持つ者の総称。
鬼のように荒々しい武者(武士)のこと。
源頼朝の幼名。
ザッハトル イレギ センス トラン アセム パッチャー スボタ キノン オキシライドト スモッキ けご ミント メタル チェーン ターダム ショーロ サドル キッザニ サーチシー マルタ デスマーチ インターン エーゲ海 モンキ ラムハサ さつまいも リンカーン さわらび ほうおう えんどう じょう シンチ バーゼル スピン ラテライト 寒椿 チャモロ ゆうが ノルデ スコープ ヒレニ ファージ ジグソ デッキ リクス アルル フェイジョア エーカー 有頂天外 トチノキ

『バイオハザード』のエンジンを使用したアクションゲームとして、当初プレイステーション用ソフトとして開発が開始されたが、PS2の発表を受けてハードを移行。その後はPS2のデビューコンテンツのひとつとして開発され、PS2用ソフトとしてミリオンセラーを達成した。

実在の人物(金城武)をCGキャラとしてゲーム主人公にした(顔のモデルだけでなく声優・モーションアクターも担当)。

「鬼武者」のオープニングムービー(佐藤嗣麻子監督)では「シーグラフ2000」(アメリカで開催されるコンピュータグラフィックスの大会)最優秀賞を受賞。「鬼武者3」のオープニングムービー(山崎貴監督)では「シーグラフ2004」Electronic Theaterで入選を果たした。

キャラクターが苦笑するなど微妙な表情まで再現されたそのクオリティはシリーズを重ねるごとに高まり、『鬼武者2』では故人の松田優作、『鬼武者3』では金城武に加え、フランスの俳優ジャン・レノがモデルとなった。

当初は三部作完結の予定だったが、続編の要望が強かったため[要出典]、『新 鬼武者 DAWN OF DREAMS』が続編として製作された。

映画の製作が決定している。監督は「モータルコンバット」「サイレントヒル」のクリストフ・ガンズ、主演はゲームと同様に金城武。2008年2月に中国で撮影開始予定。

鬼武者シリーズ
メイン作品
鬼武者 (2001年1月25日、PS2、PC)
鬼武者 MEGA HITS! (2001年12月20日、PS2、第1作を低価格化。)
鬼武者 PlayStation2 the BEST (2005年3月10日、PS2、第1作を再低価格化。)
鬼武者2 (2002年3月7日、PS2)
鬼武者2 MEGA HITS! (2002年12月12日、PS2、第2作を低価格化。)
鬼武者3 (2004年2月26日、PS2、PC)
新 鬼武者 DAWN OF DREAMS (2006年1月26日、PS2)
新 鬼武者 DAWN OF DREAMS PlayStation 2 the Best(2006年10月19日、PS2、第4作を低価格化。)
新 鬼武者 DAWN OF DREAMS PlayStation 2 the Best(2007年11月15日、PS2、第4作を再低価格化。)

関連作品
幻魔 鬼武者 (2002年2月22日、Xbox 第1作のバージョンアップ版。)
鬼武者 逢魔之章 (2002年9月18日配信開始、携帯電話用Javaアプリ(現在はS!アプリ))
鬼武者 逢魔之章 (2003年5月6日配信開始、携帯電話mova504シリーズ専用iアプリ(現行の上位機種にも対応))
鬼武者タクティクス (2003年7月25日、ゲームボーイアドバンス)
鬼武者 無頼伝 (2003年11月27日、PS2、多人数対戦型ゲーム)
鬼武者3 (2005年3月店舗設置開始、パチスロ機)
鬼武者 SPECIAL BOX「密書完結」 (2004年12月22日、PS2 鬼武者1・2・3と攻略本のセット。)
鬼武者 からくり幻魔城 (2005年1月11日配信開始、携帯電話用アプリケーション)
新 鬼武者 Curtain of Darkness (2005年11月11日、配信開始。携帯電話FOMA902iシリーズ専用iアプリ。)
新 鬼武者 DAWN OF DREAMS THE STORY (2006年7月26日、DVD発売)
タツノコ VS. CAPCOM CROSS GENERATION OF HEROES (2008年、Wii・アーケード)結城秀康が「灰燼の蒼鬼」名義でプレイキャラとして登場

他社作品
SNK VS. CAPCOM カードファイターズ2 EXPAND EDITION (2001年9月13日、ネオジオポケット) - 明智左馬介秀満とかえでがキャラクターカードとして登場している。

シリーズ内容
鬼武者
戦国の世に突如現れた怪物・幻魔と幻魔に滅ぼされた鬼の一族より鬼の篭手を与えられ鬼武者となった明智左馬介の戦いを描いた作品。途中鬼の力の宿った「龍玉」と呼ばれるアイテムを入手し、新たな武器を得ることが出来る。龍玉は封印された扉を開くのにも用いる。「戦国バイオ」と称されるほど操作感などはバイオハザードに近い。キャッチコピーは「空前絶後のバッサリ感」。また、翌年にはステージギミック等を追加したXbox版「幻魔 鬼武者」が発売。こちらのキャッチコピーは「バッサリ感×バッサリ感」。

龍玉にはそれぞれ別な必殺技があり、また龍玉・刀剣共に幻魔を倒した際に入手できる魂を使い強化出来る。

ゲーム中、キャッチコピーやタイトルから分かるように主となる武器は刀なのだが、火縄銃・弓矢といった遠距離武器も使用が可能である。また、途中二度ほど左馬介の相棒でくノ一であるかえでと操作が交代する。

クリア特典として、掟破りとも言える次回作品(鬼武者2)の予告が収録されていた。

発売当初、メディアでは侍が鬼を斬るゲームとして紹介されることが多かった。現在でもゲーム関連史を除くメディアで本作を紹介する際、幻魔は“異形の魔物”と紹介される。

鬼武者2
明智左馬介と幻魔の戦いから10年後が舞台。主人公は柳生十兵衛となっている。鬼の力は鬼の一族から授けられたのではなく、鬼の一族(=柳生一族)の末裔として初めから鬼の力を持つという設定。新たな力を得る際には龍を模した祠より入手する。必殺攻撃に「鬼戦術」という呼び名が付いた。

前作ではプレイヤーキャラは二人だったが今回は四人の仲間と交代しながら進む事ができ、合計5人を操作できる仕様となっている。キャッチコピーは「愛と哀しみのバッサリ感」。テーマソングは布袋寅泰の「RUSSIAN ROULETTE」。ちなみに初回プレス版にはこの曲のPVが映像特典として収録されていた。

交代するか否かはそのキャラの好感度によって変化し、一定の場面で普段起きない何かしらのイベントが起き、十兵衛が動けなくなった場面で交代する。その為遊びの幅がかなり広がった反面、アイテムの入手や買い物とそれに伴う資金集めが必要になるため、プレイ時間が長くなる事になってしまった。しかし、しっかり交流をしキャラクターとの好感度が高い場合、ボス戦時等に援護に現れ強力な戦力となってくれる。

今回もクリア特典として次回予告(鬼武者3)が入っていた。また他のクリア特典として黒のスーツにシャッポ姿の松田優作を操るミニゲーム「黒いスーツの男」が楽しめる。

鬼武者3
時代設定は本能寺の変が起こる天正10年(1582年)と2004年のフランス・パリ。物語は、明智左馬介が明智光秀と共に本能寺で織田信長を討とうとする所から始まる。左馬介は本能寺で信長と対峙するが、突如時のねじれが起き、左馬介は2004年のパリへと飛ばされてしまう。2004年のパリでは突如として幻魔が出現し、市民に襲いかかる。フランス軍の特殊部隊に所属するジャック・ブランは幻魔に立ち向かうが、突如時のねじれが起き、左馬介と入れ代わるように本能寺の変前の日本・比叡山へ飛ばされてしまう。明智左馬介とジャック・ブラン、双方共に違う時代に飛ばされ、その原因となった織田信長を討つために立ち向かう。

幻魔に改造され復活した蘭丸が未来の左馬介の前に、左馬介に敗れる以前の蘭丸が戦国時代のジャックの前に現れるなど、“時の交錯”を意識したストーリーとなっている。そのお互いに違う時間を、阿児という小さい烏天狗の少女が行き来することによりストーリーが進行していく。ちなみに阿児の能力で言葉の壁が無くなり、日本語が共通言語となっている。

シリーズ恒例の交代パートでは、ジャックの婚約者でフランス陸軍所属のミシェル・オベールを操作する。また、物語中盤には徳川家康の家臣である本多平八郎忠勝が登場。本編をクリアした後は、鬼特典という項目で本多平八郎忠勝を操作するミニゲームをプレイできる。 また、必殺技として「戦術殻」の呼び名が再び登場。 ジャックの場合は「戦術輪」となっている。呼び名が異なるのは、鬼の篭手に装着する鬼の力を封じ込めたものが、左馬介は「珠」、ジャックでは「輪」とそれぞれ異なることに由来する。

鬼武者の時代より23年後の時代設定となっており、左馬介は40代後半でありながら1作目の時とほぼ変わらない容貌をしているが、それは鬼の力によって若々しさを保たれているからだとされている。

新 鬼武者 DAWN OF DREAMS
豊臣秀吉が天下を統一した後の慶長3年(1598年)が舞台。主人公は結城秀康。さらに、「2」の主人公である柳生十兵衛の孫の柳生十兵衛 茜が登場するなど、シリーズ全体の繋がりをより意識したものになっている。オープニングテーマは浜崎あゆみの「Startin'」。キャッチコピーは「ズババババッサリ感」。

今作品は前三作からの多くの点が変更された。その一つがキャラクターが使用する武器である。前三作品のキャラクターが使用する武器は平均して五つほどであり、隠し武器などを含めて「鬼武者3」の主人公、明智左馬介の10個であった。しかし今作品では一人あたりの取得武器が30個超と大幅に増加された(武器一覧の項も参照のこと)。更に武器レベルも過去最大が3だったのに対し今回は最大レベルが10。防具に至っては最大レベルが100と、やり込み度が上がっている。その他にも「鬼武侠」と呼ばれる本編中随所に挿入されるミニゲームの追加、一閃システムの変更、コマンドの入力によって技を発動する、従者との協力プレイによって攻略する「従者システム」、「戻り移動」によって以前プレイしたステージに戻り、入手できなかったアイテムを入手できるなどやり込み要素も多い(コマンド入力による技発動は「2」を、協力プレイによる攻略は「3」のそれを昇華したと言う点も注目である)。

その反面、武器のレベル上げが面倒、武器の増加による能力の“かぶり”、従者の変更による攻略が面倒と言った批評もある。また、レベルアップによる武器の形状、鬼戦術の変化がない点においても賛否が分かれる。 そして最も批判が大きいのが一閃が必殺技ではなくなったことである。今作では武器によって一閃の威力が大幅に上下する上、複数の敵を巻き込めなくなっている。

しかし一閃システムの変更に伴う一閃の発動のし易さと連鎖も容易な点は鬼武者の「バッサリ感」を体現させる爽快感、前述したシリーズ全体の繋がりを意識したキャラクター設定、最終決戦のボリュームには定評があり、シリーズの集大成とも言える作品として仕上がっている。

鬼武者
明智左馬介秀満(キャプチャーモデル・声:金城武)
本作の主人公。明智光秀の甥。さらわれた従姉妹の雪姫を追って稲葉山城へと向う。
その途中、鬼の一族により鬼の篭手を授けられ、鬼武者としての運命を辿ることになる。
かえで(声:高森奈緒)
左馬介の相棒として共に旅をするくノ一。
もとは左馬介暗殺に差し向けられた伊賀の忍だった。
雪姫(声:岡村明美)
斎藤道三の娘。左馬介の従兄妹。
稲葉山城の異変にいち早く気づき、左馬介に救援を乞う。
夢丸(声:津村まこと(1)、岸祐二(無頼伝))
さらわれた雪姫を救出しようと奮闘する少年。
先の合戦で両親を亡くした際に拾い育ててくれた雪姫を実の姉のように慕っている。
のちの前田慶次郎利益であり、『鬼武者無頼伝』では前田慶次郎として成長した姿で登場している。
織田信長(声:大塚明夫)
尾張を所領とする戦国大名。桶狭間の戦いで討死にするものの、幻魔と契約を結ぶことによって復活。
それ以降、冷酷で惨忍な振る舞いが目立つようになる。
木下藤吉郎(後の羽柴、豊臣秀吉)(声:大川透)
百姓出身の信長の腹心で後の天下人。織田軍で信長と幻魔の関係を知る唯一の人間。
弱肉強食を世の理と考えている。
みのおやじ(声:浜田賢二)
ミノムシのように天井からぶら下がった蓑に入った謎の人物。稲葉山城の詰所と枯れ井戸に出現し、主人公を魔空空間へと連れて行く力を持つ。
鬼の篭手を人間界に出現させるきっかけを作った。
鬼の一族(声:永井一郎)
左馬介に鬼の篭手を授けた人物。実体は無く、魂のような形で登場した。

2009年01月21日

アイスクリン

アイスクリンは、アイスクリームの過去の呼称、またはそこから派生した、鶏卵、砂糖、脱脂粉乳などから作られる乳脂肪分3%以下の氷菓のこと。高知県や沖縄県のものが有名。

アイスクリームをはじめとする、アイスクリーム類乳製品に比べ、乳固形分・乳脂肪分の割合が小さく、氷菓に分類される。乳脂肪分が少ないために、貯蔵や輸送時の温度の変動などで一部の氷が融解、再結晶しやすく、全体的にシャリシャリとしたシャーベット状の食感となるほか、乳製品独特のコクがしつこくなく、あっさりとした味わいが楽しめる。 また、アイスクリームなどと同じように、香料(フレーバー)を調整することにより様々なバリエーションが存在する。アイスクリームにおいてバニラにあたる、もっとも代表的なフレーバーはバナナ香料で、ミルクセーキに近い味がする。 通常のアイスクリームと違って喉がすぐに渇かないといった評判もよく聞く。

原材料
アイスクリンの原材料として、卵、糖分、脱脂粉乳、香料などが使われる。アイスクリーム類乳製品と異なる点として、卵を用いることや、油脂やゲル化安定剤、乳化剤などは使われないことが多い。

製法
アイスクリンの製造は、原料の混合、殺菌、攪拌凍結からなり、アイスクリームのそれと比べ単純である。このことから、家庭でもアイスクリンを簡単に作るためのレシピも数多く公開されている。

原料の混合
原料を混合し完全に溶解させる。卵の変性を防ぐため常温にて混合する。

殺菌
混合した原料を加熱し殺菌する。アイスクリンはアイスクリームなどと比べ、大型プラントで作られる機会が少ないため、連続流動式の高温瞬間殺菌法が用いられることが少なく、小型タンクやタブ型の容器を用いたバッチ式の殺菌法がとられていることが多い。

攪拌凍結
殺菌された原料を空気とともにフリーザーへ導入し、激しく攪拌しながら凍結させる。出来上がったばかりのアイスクリンはサクサクとした食感ではなく非常に滑らかである。時間の経過とともに、含有水分が再結晶することによってシャーベット状の食感が生まれる。

アイスクリンの最終工程はアイスクリームの製造工程に含まれるものであり、この時点で取り出されたアイスクリームはソフトクリームと呼ばれる。そのため製造工程から見れば、アイスクリンはアイスクリームよりソフトクリームに近い。
ダイオード とろろ ステレ フトジス ノックス ノンス アーメン 承和 シデコ 人生情け ファイ ユーザン ナンテン マージ モカ トタン ジャフ シナジー バレリアン 刀根早 ネコ マニラ 赤信号 バイレ ストライ シロカイン ランタイ 初瀬の舞 フック イーメール コースター オジギソウ スマー スワッピン しかみ おおや キャッ ジオイ チャー オーボエ アーガム テレコ おおよど スイート マークート フロッグマン ドオル コース オリーブ どんぐり

歴史
アイスクリンの歴史は、日本でのアイスクリームの歴史から派生したものである。 1860年に臨海丸で渡米した使節団がアイスクリームを食べた際、「あいすくりん」と呼んだ。 1869年に日本初のアイスクリームが横浜で「あいすくりん」の名称で販売されたのをはじめ日本中に広がっていった。 その後、アイスクリンは物資事情などから、生クリームや牛乳の代わりに脱脂粉乳や卵を用いたものに変化し、アイスクリームから派生した現在のアイスクリンが生まれたものと考えられる。

販売、消費形態
アイスクリンが販売されている地域はかなり少なく、高知県や沖縄県の一部、横浜市の一部、倉敷市の美観地区などで販売されている。この中でも高知県では県内どこでも販売されており、高知県内では最もポピュラーなアイスクリームである。最近でこそ高知県内ローカル色の強い(他地域では売られていない)ものとして認識が広まってきたが、それでも高知県出身者が他県に無いのを驚いたり、他県の人が高知県内を旅行中バニラアイスだと思って買ったものが違う味だった(アイスクリン自体についてはおおむね好評のようである)というエピソードには事欠かない。 販売形態はおもに屋台など移動式店舗が一般的で、公道脇の歩道やイベント会場でパラソルを広げている様子が見られる。個別にパッケージされている場合は少なく、コーンに1食分を取り分けて販売する。 また、パッケージされた商品も、それらの地域ではショッピングセンターやスーパーマーケットなどで店頭販売されているほか、インターネットなどを通じた通信販売もなされている。さらに、首都圏など他地域の小売店に並ぶこともある。

2009年01月14日

Ortwin=Grautz

オルトヴィーン・グラウツ
名前の綴りは「Ortwin=Grautz」。<アストラル>ルーン魔術課の新入社員。亜麻色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持った北欧の面影の少年でルーン魔術を扱う。年齢は14歳。常に耳あて付きの帽子・皮のコート・手袋を着用する。もとは北欧の結社・ミーミルに所属していたが大兄に無理やり契約させられ<アストラル>への入社を指示された。魔法の世界では異端である<アストラル>とその首領であるいつきに対して嫌悪感をあからさまに示す。口が悪く、時折ドイツ語で相手を罵る。
穂波とアディリシアにとっては<学院>時代の後輩で、その実力は2人も一目置くほど。また、会社経営に明るく<アストラル>入社後は経営状態改善に辣腕を振るい、ときにやや強引とも言えるやりかたで<入札>を数多く取ってきた。かつて彼が所属していた結社が『人間の生贄』を求めてきたツェツィーリエの要求を拒否したことにより結社に所属していた人間を皆殺しにされ、彼だけが生き残った過去を持つ。以降は弟子として彼女に振り回された挙句、「飽きたから」という身勝手な理由で捨てられた。その身体にはツェツィーリエによって他の人間がその身に刻んで馴染んだルーンを無理矢理皮膚移植されており、それを隠すために厚手の帽子やコートを常に身に付けている。
吸血鬼事件を経て、<アストラル>と社長であるいつきの事を認めるようになる。経営状態改善への力の入れ具合はより一層強まり、<アストラル>で最も新人にも関わらず社員教育(先輩であるみかんとまなみへの監督)だけでなく社員査定にも手を出し始めた。穂波とは違いノートパソコンを駆使している。
隻蓮(せきれん)
声 - 小西克幸
<アストラル>真言密教課契約社員。常に虚無僧の格好をしており、10代にして密教を修めている。また武術の天才で体中に武具を隠し持っており、印や真言を巧みに操り、単純な威力であれば穂波や猫屋敷を凌ぐ。考え方は至って古く、謝罪の際には切腹をしようとする。
布留部市にある竜連寺の住職であるが、現在は<アストラル>事務所には常駐せず世界中を放浪しつつ時折戻ってきては仕事をするという形で行動している。
いつきの眼帯の製作に関わった3人のうちの1人。竜の事件の後、いつきに頼まれ武術の指南役となり指導したが、再び<アストラル>を離れて行動。<協会>の依頼によりイタリアへ向かった。<ゲーティア>の徒弟・ダフネとは共に行動した縁からかいつき経由で手紙を送ったりしている。また、生前のオズワルドとも親交があった。
ヘイゼル・アンブラー
<アストラル>創業者の一人であり、ヨーロッパ周遊中の取締役兼呪物課課長。ルーン魔術や魔女術を極め<魔女の中の魔女>と呼ばれた女性であり、穂波・高瀬・アンブラーの祖母。
いつきの眼帯の製作に関わった3人のうちの1人。

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